ヘン(?)な 東大入試問題(1999.4)

今回は少し長いかな?

 今年の東大の入試(文理共通)の1番に、三角関数の定義を述べるのと、加法定理(注)を証明する問題が出題されました。特に文系では4問中の1問なので合否に与える影響力は甚大といえます。今まで定義をそのまま訊く問題なんてあり得ようもなかったし、加法定理を使った問題はあれど、この定理そのものを訊く問題など日本全国いずこの大学入試でも未曾有のことでした。だから、大学受験界(そんな世界はありませんが)では、そこかしこでちょっとした話題になっているのです。特に東大がやったということが重要で、受験全般に対して知識や受験テクニック偏重といわれて久しいところに、切り口を変えて出題した大英断が波紋をよんでいるわけです。

 本質的な勉強と受験勉強との違い・・・これは進学指導を担っている私個人にとっても難しい問題です。受験界では、「今年、東大でこんな本質的な問題が出題されたから、来年の入試では定義の暗記と公式を導けるようにしておいた方がいいぞ!」と様々に傾向と対策が繰り広げられることでしょう。オリジナリティがパターン化され、また新たな試みが生まれ、そしてまたパターン化される、そんな無限の循環はなにも受験に限った事ではありません。

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 小学5年生の理科の「植物」の項目。テキストには植物の名前がカタカナで次から次へと羅列されています。オオイヌノフグリ、ナズナ、ハコベ、ホトケノザ、タンポポ、スミレ、レンゲソウ、ハルジョオン、シロツメクサ、アブラナ、ヒガンバナ、オオマツヨイグサ、ツユクサ、アジサイ、・・・・これらは暗記すべき植物名として取り上げられているのです。でも、私にとっては大犬のふぐり(注)、仏の座(注)、すみれ(墨入れ)(注)、蓮華、白爪草、油菜、彼岸花(注)、大待宵草、露草、紫陽花なのです。ここからここまでの植物のカタカナ名を覚えておきなさいではすまないことです。ことばやものの名前を教えるということは、広く文化を伝えることに他なりません。植物の名前がいつの間にかみんなに受け入れられて定着したことの中に、日本人の感性や美意識を理解すること、いやそんなに難しいことではなく、昔の人たちの生活や時代のにおいを嗅いでほしいと思うのです。国語の小説で軒(のき)や縁側(えんがわ)ということばが出てきても、そんなもの見たことのない子供たちに教えることは至難の業です。ことばを教える国語という科目最も受難の時代であるかもしれません。でもそんなこと言っても時間は容赦しません。限られた授業時間の中では、雑談としてそんなにおいがする授業をするに留まっています。

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 話は変わって、昨年の小学生の受験生のこと。算数がとてもできる女子でした。6年の後期になると模擬試験でもトップや一けたの成績をとってくる優秀な子です。授業中に演習した問題でこんなmisunderstandingがありました。「斜線を引いた部分の面積を求めよ」という問題(注)。彼女は「斜線を(差し)引いた部分の面積を求めよ」として答えてしまいました。なぜ、こんな簡単な問題(彼女にとっては難なく得点できる問題と思っていましたので)をまちがえたのかと聞いてみて初めて彼女の「誤解」がわかったのです。彼女はまったく真剣で、まったく疑いもなく間違えました。「あー、そうか。」と私。クラスの一同「わっはっはっは」と歓声。(みんな仲がいいクラスでした)

 でも、私には(もちろん彼女が常識的に「誤解」をしたのは承知ですが)笑えない出来事でした。もし、これが実際の試験であったらと考えると・・・・。

 この問題で取りこぼして不合格になったとしても、彼女の算数の能力は受験する学校にとって十分過ぎて余りある程のものであることは私が十分知っています。我が国の誇る大数学者の岡潔先生はしばしば食堂のレジの精算ができなくて奥さんに任せていたという話があるくらいです。数学の能力は問題文の読解力と関係ないものではないでしょうか。その意味で、入学試験というものがその教科の能力を完全に適切に評価するものではないことは、十分明らかなことです。試験というのはそのくらいの物差しでしかないことを改めて痛感しました。試験の合否は絶対的なものではないのです。受かったとしても落ちたとしてもそう思います。

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 東大の入試が具体的な問題内容はどうあれ、本質的な教養の部分へと引き戻す試みは評価すべきことです。要領のよい受験技術に長けているせいとだけではなく、こだわり屋のじっくり型の少々の変わり者が日の目を見ることができる胎動かも知れません。IQよりEQ、機能、効率よりも哲学が少しクローズアップされてくるのかも知れません。今、「受験」も21世紀に向けて様々に変質している過渡期でしょうか。

 とにかく、問題を作成し、それを評価する人間たちの良識と葛藤を願いたいものです。

 (小6の彼女はインフルエンザの高熱にもかかわらず見事受験校すべてに合格しました。・・・・流感が猛威をふるう真冬の中学入試日程、これもなんとかならないものですかねェ)

(MJ通信  雑感  1999.4)

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