JAZZスタンダードーThey All Laughed

〈アステア&ロジャース〉ミュージカル映画史上最高のダンスコンビといわれるフレッド・アステアとジンジャー・ロジャース。この男女混合ダブルスペアは、1934年の『コンチネンタル』を第1作目として、7年間で9作品で共演した、文字通りハリウッドの黄金時代に輝くドル箱スターである。7作目の『Shall We Dance(踊らん哉)』(1937年)でもまた二人は華麗で息の合ったタップダンスの神業ステップやペアダンスをたっぷり魅せてくれる。

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 この30年代半ば、ルーズベルトの登場と相まって、混迷するアメリカが大恐慌から脱してようやく元気を取り戻していく時代である。舞台や無声映画からトーキーの時代へ、〈映画〉という大衆娯楽がエンターテイメント界を駆け上っていく。

IMG_2165They all laughed(みんな笑った)」は、弟のジョージ・ガーシュイン作曲、兄のアイラ・ガーシュイン作詞、この売れっ子兄弟コンビで書き下ろした『Shall We Dance』劇中8曲のうちの一つである。この映画では、タイトルナンバーの「Shall We Dance」、のちにスタンダードの名曲となる「They Can’t Take That Away From Me」(誰にも奪えぬこの気持ち)が有名だが、最後の切り札的で軽妙洒脱なこの曲が面白い。エラ&ルイ・アームストロングもトニーベネット&ガガもシナトラも歌って笑っている。しかし笑うのが似合わないjazz歌手は歌っていない。(笑)

 

IMG_2160 ジョージ・ガーシュインは「スワニー」を初めとする流行歌の作曲から音楽の道を歩み、26歳の時に彼の代表作となる「ラプソディー・ブルー」でその才能が広く認められる。それは、それまでのクラシック音楽にジャズ的な色彩をつけてジャズとクラシックを融合させた華やかで新しいアメリカ音楽を生み出したことに対する賞賛と期待である。さらに彼は独学で〈パリのアメリカ人〉のような管弦楽曲を生み、さらに「サマータイム」が有名なオペラ『ポーギーとベス』も手がけていく。これと並行してミュージカルや映画音楽も数多く作曲し、あらゆる音楽シーンでその創作活動の手を休めることはなかった。クラシックとジャズ、ポップスの要素を豊かに包みこむ楽曲のタイプはバーンスタインやジョン・ウィリアムスに引き継がれ脈々と続いている。20世紀の最も偉大なアメリカの作曲家といわれる所以である。彼は1935年以降、193738歳の若さで他界するまで映画界中心に活動し、ブロードウェイ時代から親交のあるフレッドアステア主演のミュージカル映画に数多くの楽曲を提供している。

 そういえば同じタイトルだが、まったく違う有名な映画がある。『Shall We ダンス?』タイトルの最後に?がある。周坊正行監督、役所広司、草刈民代主演の社交ダンス教室を舞台とした人間模様を描き、1997年に日本アカデミー賞を独占した日本のコメディ映画だ。そして2004年に公開されたアメリカ映画『Shall We Dance?』は、リチャード・ギアとジェニファー・ロペスが演じるこのリメイク版である。ともかく題目に「?」があるかないかでダンスのレベルは天と地ほどに違う。(

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 映画の話題でもうひとつ。ブルース・ウィリス出演の「The Whole Nine Yards(隣のヒットマン)」(2000年公開)のラストシーン。オズ(マシュー・ペリー)とシンシア(ナターシャ・ヘンストリッジ)がバルコニーで踊るシーンで、なんと「They all laughed」が流れているではないか。カメラはクラブで歌手が歌っている風景とふたりが踊っているバルコニーを交互に撮す。クラブで歌っているのはステファニー・ビドル。まさに「ほら見ろ。オレたち結ばれたんだよ」と言わんばかりに幸福の絶頂でふたりが踊っている。この曲はこんな結末にまさに象徴的なのだ。

IMG_2166 僕はこの「They all laughed」、ビング・クロスビーで初めて聴いた。ラグタイム風の軽快で流れるように包み込む歌唱に引き込まれるが、同時にまたそのユニークな歌詞がオモシロイのだ。ー以下僕の和訳で一部を紹介しよう。

「みんな笑ったよなぁ クリストファー・コロンブスが『世界は丸い』って言ったときのことだよ」

「みんな笑ったよなぁ そうそうエジソンが録音するって言った時さ」

「みんな笑ったよなぁ ウィルバー兄弟(ライト兄弟)が『人間は飛べるぞ』と言った時だよ」

ーこんな調子でどんどん続く。ハーシーのチョコレートバーも登場するし、フォードの大衆車リジーも出てくる。中学社会の試験勉強しているみたいに人物名や事物の名が多い。()

「君たち皆んな、笑ってバカにしてたよなぁ、それなのに、ホラ見なよ、今はどうよ。世の中そうなっているじゃないか 誰からも人気があって、喜ばれているだろうよ。」

「世間はいろいろ言うけど、僕たちはほら、こうして結ばれたよ」

ハハハ、ヒヒヒ、ホーホーと笑って、「最後に笑うのは誰だ?」と投げる。

そんな大胆で、人を小馬鹿にしたような、それでいて大真面目な歌詞なのだ。

 笑って終わる曲も珍しい。笑

 映画では、客で来ていたミュージカル・スターのリンダ(ロジャース)が促されて舞台に上がってこの曲をソロで歌うシーンがある。それを表情を変えずに見ているバレエ・ダンサーのペトロフ(アステア)…。そしてその後にこの曲に合わせて二人は華麗な息のあったタップダンスを披露する。最初はムスッとしていたリンダも踊るにつれて表情がほころんでくる。

 そしてラストには〈したり顔〉の二人がそろって曲のサビを合唱した後、エンドマークが出る。

 にこにこハッピーエンドが素晴らしい。

 晴れて結ばれた恋愛成就のドタバタ劇に、コロンブスの世界発見やフルトンの蒸気船、ホイットニーの綿織機、ロックフェラーセンター次々と登場する。大げさでとぼけたミスマッチが何とも言えない。この映画公開の年にジョージ・ガーシュインは帰らぬ人となる。

 この歌、流行歌からシンフォニーまで極め我が道を進んだ名匠ガーシュインの人生讃歌でありアメリカ讃歌である。

 ワッハッハー 笑。

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