映画「奇蹟がくれた数式 」(The Man Who Knew Infinity)
ー天才は、その才能ゆえに時に不遇な、または数奇な人生を送る
天才数学アーティスト ラマヌジャンの生涯

    奇跡がくれた数式(the man who knews infinity)

  fe65965787831af6d9bc48b473e32b5e[1]ベンガル湾に面した南インドのマドラス(現在はチェンナイ)は、イギリスの植民地支配の拠点の一つだ。ここで母と極貧の生活を送るラマヌジャン。「整数が友だち」の彼は、独学で定理や公式を書きためる。後に天才数学魔術師といわれる。被支配者のインド貧民にはそれを発表する機会も、彼の才能を見出す人との接点もない。支配する英国と支配される側、富める者と貧しき者がくっきりと対比される。

 ところかわって、英国本国のケンブリッジ大学トリニティカレッジ。一通の手紙が著名な数学教授G.Hハーディに届く。業を煮やしたラマヌジャンが送り届けたものだ。そこには驚くべき数学的発見が書かれていた。差別や偏見をもたず純粋に彼の能力を評価したハーディは、周囲の嫌悪感や反感の中、ラマヌジャンを研究員の卵として、遥か遠くのインドから招くのであった。敬虔なヒンズー教徒である母の反対を振り切り、新婚の妻としばらくの間離れることも覚悟し、彼は安っぽいイギリス流のスーツを着込み、船に乗り込む。自分の考えをようやく発表できるチャンスが与えられることを信じて、遥か遠くの異郷の地に向かう‥‥。1914年のことである。

esy_pt2[1] 大学の門をくぐったラマヌジャン、自分の知性の産物を皆に認めさせるチャンスだ。いやそれは感性の産物というべきものだ、彼はこう言う。「 寝ている間にナーマギリ女神が舌の上に数式を置いていく」と。歴史ある名門大学は、荘厳な佇まい、自由な教養の府を感じさせるリベラルな雰囲気に満ちている。しかし一方で、派閥、出世欲、インテリのプライド、嫉妬や隷従がまん延し、学歴のない成り上がりのインド人への冷たい目線や差別意識も確実に存在する。

 恩師ハーディは、ラマヌジャンの天才ゆえにあまりに直感的に結論づけた定理の一つ一つに論理的な証明を加えさせようとする。根拠に基づかない直感なんて論文の価値などないという立場だ。それはラマヌジャンの才能を皆に評価されるに到るためには必要な手段であるのだが、発表を急ぐラマヌジャンは、天の啓示によって導かれた正しい事柄を提示することで十分だと受け入れない。ラマヌジャンが魔術師といわれる所以である。ハーディとの関係にも亀裂が入る。「信仰もない、家族の写真もない。先生は何者ですか。」ラマヌジャンはただ一人である味方をも批判し、拒絶する。孤高の天才は、大学という閉じた舞台で、さらに孤独を深め数字のみを探求していく。折しも第一次世界大戦が始まった戦時下、宗教上、厳格な菜食主義者には十分な食糧を得ることが困難になる。やがてラマヌジャンは健康を害する。命に関わる思い結核だ。一刻の猶予もない。ハーディは、この奇跡の才能を世に出さなければという使命感に駆られる。

 エスタブリッシュな教授ハーディは、???????????????????????????????家庭も持たず、無神論者、好きな数学を生涯の仕事とする自由な教養人である、一方で、自分の《感じた》絶対的な定理をみせるために悲壮な決意をもって祖国や家族を後にしたラマヌジャンは純粋なモラリストの貧しい天才青年、いつの間にか2人の間に世代や背景を超えた友情に似た感情が通う‥‥‥。

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 【数学的シーン1】
 映画の最後近く、ラマヌジャンが故郷インドに帰る日、あわててタクシーで乗り付けたハーディとのやりとり
「今 乗って来たタクシーのナンバーは1729、つまらん数だ」ハーディ
「それは2通りの立方数の和で表される最小の数です」ラマヌジャン
(1729=12*3+1*3=10*3+9*3とできる最小の数だとラマヌジャンは瞬時に気づいたわけ)
1729は一見意味がない数を表す意味でタクシー数と呼ばれることがある

   【数学的シーン2】
  ハーディの同僚の数学教授マックマーンは分割数の専門である。分割数とは、ある数を自然数の和として表すことを指す。例えば、4は
4=4 , 4=1+3 , 4=2+2 , 4=2+1+1 , 4=1+1+1+1 と5通りの形で表すことができるとき4の分割数は5という。(P(4)=5)   ラマヌジャンをたまたま直感が当たっただけで、成り上がりの無教養の小僧くらいに思っていたハーディとの彼の研究室でのやりとり
「お前は間違っている。分割公式など不可能だ」マックマーン
「200の分割数はいくつだ」
「P(200)は3972999029388です」とラマヌジャン
2パーセントの誤差しかないラマヌジャンの公式に驚嘆するマックマーン、このことを契機に、ラマヌジャンの才能が認められていき、やがてフェロー(正式な大学研究員の資格)となる。もちろんハーディの作戦の成功である。

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【こぼれ話】ハーディの友人でアイロニーに溢れる教授が時折登場する。これが20世紀を代表する哲学者のバートランド・ラッセルである。ラッセルは論理学の立場から数学のための論理的基礎をつくった。(1950年ノーベル文学賞受賞)

ラマヌジャン 1887~1920(32歳)

ラマヌジャン 1887~1920(32歳)

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ラマヌジャンが発見した数多くの定理について、彼の死後約70年にわたって多くの数学者が証明を行なってきた。独学の彼は、天才的なひらめきで独自の定理を発見し、その推論や近似値の精度が高いことは実証されるが、明確な証明をつけていなかったからである。彼の様々な発見の中で最も評価されている業績が、インドに帰った後に発表した「擬テータ関数」といわれる。

《1976年になって、ペンシルバニア州立大学のアンドリュース教授がそれを偶然に探り当てる。擬テータ関数を専門とする彼は直ちにその重要性を確認し、この桁外れの宝物に身震いする。ベートーベンの第十交響曲にもたとえられるこの「失われたノートブック」の解明は、未だ完成していない。》(藤原正彦 「天才の栄光と挫折」数学者列伝より)

以下は、木村俊一(数学者・作家)の映画公式サイト掲載のエッセイより引用

ケンブリッジ大学時代

ケンブリッジ大学時代

《彼の数式は複雑だから尊いのではなく、むしろ人類がまだ気づいていない、深くて微妙な数学現象を、簡潔な公式や具体的な等式で表現して見せているから凄いのである。いわば数学の詩人のような数学者として、今もなお数学研究者にインスピレーションを与え続けているのだ。ラマヌジャン自身の言葉を借りれば、「神を表現しない数式は無意味だ」
     (中略)
ラマヌジャンが発見した擬データ関数は、ブラックホールの研究に登場し、整数論的な起源を持つタウ関数についての予測は、ラマヌジャングラフとして回線の切断に強いインターネット網の研究につながる。深い水脈を通って、ラマヌジャンの研究は今ようやく理解され、役立ち始めてるのである。》

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  2016年/イギリス/英語/原題:The Man Who Knew Infinity
 監督:マシュー・ブラウン
 主演:デヴ・パテル、ジェレミー・アイアンズ、デヴィカ・ビセ、トビー・ジョーンズ、 ドリティマン・チャタージー、アルンダティ・ナグ

 

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