「ナイチンゲールは鳥である」

 ナイチンゲールの和名は「小夜啼鳥(さよなきどり)」。茶系の濃淡のシックな装いをした、スズメとツバメの間くらいの大きさの鳥である。この鳥は日本やアメリカでは見られない。主にヨーロッパをホームタウンとして、冬にはアフリカに渡る。日本でいえば、渡り鳥で有名なツバメとかカッコウというよりも、北海道に棲むメジロやウグイスに近いかもしれない。関東に暮らす彼らは、同じ地域の山や平野を行ったり来たりして一年を暮らすが、北の寒い土地にいる彼らの仲間は冬になると食べ物を求めて南に渡る。

 

 クリミアの天使といわれるイギリス女性〈フローレンスナイチンゲール〉は私たち日本人にとって鳥よりもずっと馴染み深い。有名なフランスのスキーメーカーの〈ロシニョール〉もこの鳥のフランス名である創業者の名を冠する。かくも由緒正しい名の鳥なのだ。日本でいえば〈鷺谷(サギヤ)さん〉とか〈鶴岡(ツルオカ)さん〉とでもなるか。

 さてこの〈ナイチンゲール〉、古い英語の〈night-singer〉のこと。〈小夜啼鳥〉や〈夜鳴き鶯〉という名の通り、春には日暮れから夜が耽るまで鳴く鳥として個性を放ち、美しい鳴き声とともに古より存在感を示す。ヨーロッパ発信の文学や楽曲にその名は様々な作品に織り込まれてきた。

 かのシェークスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の3幕五場。オリビアハッセー演じる同名の映画では、前日に秘密で婚姻を結んだ二人がともに迎える最初で最後になる朝のシーンが蘇る。因縁の敵同志の家柄を背負った二人は禁じられた恋に落ちるが、ジュリエットの従兄弟を殺めた罪でロミオは追放される身となった。ここに留まれば死罪となる。朝が来たら去らなければならない。‥‥しかし希望はある。そう神父は励ます。いずれ恩赦で戻る機会をじっと待つのだと‥。

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 美しい鳥のさえずりが聴こえてくる。カーテンを開けて開いた窓から朝の空気を吸い込むロミオの躰、後ろ姿が朝の逆光に眩しく映える。

ジュリエット(オリビアハッセー)

「もう行くの?」「夜明けはまだよ」

「夜鳴き鳥よ。ヒバリではないわ」「心配しないで」

 (It was the Nightingale, and not the Larke)

「毎晩庭の木で鳴く鳥の声よ」

「安心して まだ朝ではないわ」

 

ロミオ

「いや ヒバリだ」「朝の使いだ」「もう明るい」

 (It was the Larke the Herauld of the Morne

 (中略)No Nightingale

「夜のともし火は燃え尽きた」

「太陽が笑顔を見せ始めた」

「山の霧の向こうから」「逃げなければ」「いれば殺される」

        ‥‥‥あの曲が流れる‥‥

 夜鳴くナイチンゲールは、昼が続く永遠性の象徴にもなるが、一方で昼が終わり漆黒の闇に包まれる告知として存在する。その曖昧な二面性は文学的といえる。不吉な「墓場鳥」なる役柄を引き受けることもあった。

 ナイチンゲールはジャズボーカルの曲にも登場する。

 言わずと知れたスタンダードナンバーの「Stardust(スターダスト)

  The nightingale tells his fairytale
  A paradise where roses grew 

  「ナイチンゲールがおとぎ話を話しくれるよ

  バラが咲き誇った楽園のね」

  

  そう、終わった恋を懐かしく回想する

 そして私が大好きな「Nightingale Sang In Berkeley Square

       (バークリースクエアのナイチンゲール)

  That certain night, the night we met
  There was magic abroad in the air
  There were angels dining at the Ritz
  And a nightingale sang in Berkeley Square

「あの夜、二人が出会った夜
 魔法に包まれた夜
 〈リッツ〉では天使たちが晩餐の宴
 そして〈バークリー公園〉ではナイチンゲールが唄っていたね」

 ゆったりとしたバラードで、何ともファンタジーな夜の光景が浮き上がる。

Ritz〉はロンドンにあるイギリスの由緒ある老舗超高級ホテルで、そのダイニングルームは世界で最も美しいとされた。〈Berkeley Square〉はそこからほど近い都会の公園である。

 戦時中、英国軍人たちに絶大なる人気を博した国民的歌手〈ヴェラ・リン〉の歌をきっかけとして全世界にこの曲が広まった。今までにも数多くのボーカリストが歌ってきた曲だが、その中でもアメリカの白人女性シンガー「アニタオデイ」の歌声がピカ一だ。前奏のキラキラしたストリングスの響きに心が小躍りする。そしてハスキーだが艶のある声は奥深い。まさにナイチンゲールのさえずりにうっとりしてしまうような至福の時間である。

 

 そういえば、英国のロックシンガーの〈ロッドスチュアート〉もこの曲を歌っている。ミュージカル仕立てのヴァースが可愛い。まるで寝る前に子どもに絵本を読んであげている優しいパパのようだ。「まさかあのロッドが?」とギャップ萌えするのは必至だろう。笑

YouTubeからその美しい奏でを

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