小松亮太 タンゴ五重奏 with 屋比久知奈
〜アルゼンチン•タンゴ•コンサート〜

 バンドネオン奏者小松亮太の2月以来、7ヶ月ぶりのコンサート。コロナの影響で20回近いライブが中止や延期となった。一つずつ開けて席に座るようにしてあるので、満員といっても500人くらい。彼の顔には、久しぶりに演奏できる喜び、そしてすこしばかりの緊張が見てとれる。小松自身、息が合う仲間との久々の五重奏を楽しみながら、少し欲張った演出にも満足している感じだ。

 このコンサートでは、ディズニー版アニメの「モアナと伝説の海」でブレークしたミュージカル界の超新星である屋比久知奈が声量たっぷりに歌を奏でる。小松は、宮崎駿の曲「風の谷のナウシカ」をタンゴ仕立てにする。彼女は今まで出会った楽曲のアレンジの中で、一番だと絶賛する。

 ChizukoGonzalo Cuelloのダンスも本格的で素晴らしい。chizuko2010年の世界大会で優勝している。ゴンサロは、このショーに合わせて地球の裏側から丸一日以上かけてやってきたらしい。米倉涼子に用があったのかなかったかはわからないが。()

 二人は、バンドの前で、舞台を横に行きつ戻りつし、情感たっぷりに絡みながら踊る。強靭ゆえのしなやかさで無駄を削いだ舞踏は、終わっても残像が目に焼き付く。日本とは全く異なる「間」の文化が躍動する。

 小松のユニットの古株、コントラバス奏者の田中伸司。小松の解説を交えてアルゼンチンタンゴの基本となるいくつかのリズムパターンを実際に演奏し、紹介する。ラ・ジュンバ、ハバネラ、シンコペなど、ややマニアックではあるが、楽曲の構造をわかりやすく解剖してくれる。タンゴについてのこんなちょっとした基礎講座も小松のコンサートらしい。

 そして田中には次の大仕事のミッションが待っている。裏方に徹するコントラバスのために、アストラピアソラは史上最高のタンゴ・ベーシストといわれるエンリケ・キチョ・ディアスのために「コントラバへアンド」(コントラバスを弾きながら)を作曲した。それは従来のタンゴではありえなかったコントラバスのソロから始まり、その演奏技術をふんだんにお披露目するユニークな楽曲だ。技術と体力が必要だ。ピアソラと同じように、もしかすると、ベイシストとしての田中に敬意を表する小松が、還暦を過ぎた田中に与える過激なミッションなのかも知れない。

 後半、ピアソラ中心の構成でエンディングに向かう。来年生誕100年を迎える。亡くなった後、絶大に評価されるのが天才の宿命だ。昨今フィギアスケートのフリー演技で彼の曲を聞かないことがない。小松は言う。「確かにピアソラは天才で、タンゴの革命家です。しかしピアソラばかりが持ち上げられてしまっている風潮には首を傾げます。その前にあったタンゴも素晴らしいのです。」そして《ラ・クンパルシータ》が始まる。1916年の曲だ。「自由」と「タンゴ」を組み合わせた曲名の《リベルタンゴ》をピアソラが発表したのが1974である。

 2009年、ユネスコはタンゴをアルゼンチンとウルグアイの両国の世界無形文化遺産として登録した。その際に、アルゼンチンのラプラタ河の両岸にある現在のアルゼンチンの首都ブエノス・アイレスとウルグアイの首都モンテビデオ周辺で、19世紀半ば頃に、このタンゴが生まれたとする歴史的な見解を示した。タンゴのルーツを巡ってはしばしばこの二つの国で本家争いが繰り広げられてきた。 

 小松が披露したエピソードによると、2000年のシドニーオリンピックの開会式で、アルファベット順が早いアルゼンチンが選手団の入場行進の際に《LA CUMPARSITA》を流し、「U」で始まる遅い順番のウルグアイは、それに抗議する意味で、入場行進曲無しに入場したらしい。

 「リベルタンゴ」や「ブエノスアイレスの◯◯」といったいったピアソラの曲を、時に叙情的に、そして時に激情的な抑揚で共鳴させる。そんなピアソラ=小松亮太という枠からはみ出すエネルギーと才能を感じる。そしてそれはとても自然に醸し出される。よもやいい意味で昔からのファンを裏切る確信犯だ。タンゴという楽曲の演奏を極めていくうち、何か全体を俯瞰する境地に着いたのかも知れない。バンドネオンを操るだけでなく、これからも様々な企画や演出を練って、あの軽妙なMC でタンゴという異文化を私たちに楽しく伝えてくれるだろう。ますます期待が膨らむ。

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