青に魅せられた画家(1)
ーフェルメールブルー

  秋の夕暮

  光が丘の仕事場の4階から西の方向に目を向ける。地面から焼けるように鮮やかな朱色のボーダーの上に、富士山のマットブラックの陰影、その右上に三日月、向かい合うように左の上には金星が煌く。空は息を呑むほどに繊細なブルーのグラデーション。しばし見惚れる。人工的に演出したような美しい風景だ。幾度となく観たこの情景、ディテールは異なるはずだが、こうして眼を閉じると頭にそのイメージが残っている。「美しい風景」の一つとして脳に紐付けされているのだろう。曖昧にそして確実に。

  画家ならこのイメージを表現しようとするのは必然だ。例えば、あのアオ‥‥そしてそのあお‥‥ この青‥‥、いやそれらをどう連続させるんだろうか‥‥。カンディンスキー(1866〜1944抽象画家&理論家)は青についてこう言う。

《The deeper the blue becomes, the more strongly it calls man towards the infinite, awakening in him a desire for the pure and, finally, for the supernatural… The brighter it becomes, the more it loses its sound, until it turns into silent stillness and becomes white.》
「青が深くなればばるほど、人は無限の感覚に次第に浸され、無垢なものを希求するようになる。行き着く先は超自然的な世界だ。反対に青が淡くなると、次第に音が失われ、やがて完全な静寂がやってくる。そのとき青は白になる。」

  画家たちは青を表現する。いや表現したものが青と定義される。そして画家たちは青を求める。

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 染料や顔料は、土や植物、鉱物などから取り出すが、青は他の色より自然界から取り出すのが難しい。。それはこの地球上に青の素材が希少であるからだ。銅床からアズライト(藍銅鉱)(ブルーマラカイトの名が宝石の名)が採れる。これから《群青》ができる。この《群青》は古今東西一般的な顔料で、600年頃の高松塚古墳の壁画にも使われている。

 

ラピスラズリ パワーストーンとしても有名 産地や色の濃さでピンからキリまである

ラピスラズリ
パワーストーンとしても有名 産地や色の濃さでピンからキリまである

そしてラピスラズリ。主成分はラズライト(青金石)で「星の煌く天空の破片」とも形容される。(古代ローマの博物学者プリニウスの表現)この石古代文明の時代から宝飾品として使われる。ツタンカーメンの黄金のマスクに使われ、日本でも正倉院の宝物にある。主な産地はアフガニスタン、ロシア、カナダ、アメリカ、チリなどで、鉱脈が限られる。この石を粉砕してつくられる顔料が天然のウルトラマリンブルー(瑠璃色)である。海を超えてくるブルーという名前には、ヨーロッパの人々にとってその希少さや貴重さが込められている。金より高価といわれるこの青は絵描きにとっては憧れの、近づき難い青だ。高価ゆえにキリストや聖マリアの着ている服を着色するときしか使わなかったり、仕上げだけにしか使わ(え)ないということが一般的であったようだ。ミケランジェロ(1475〜1564 イタリアルネサンス期芸術家)はこの顔料を手に入れられなかったために「キリストの埋葬」という作品が未完成のままであったといわれている。

映画「真珠の耳飾りの少女」より 顔料としてこねているシーン

映画「真珠の耳飾りの少女」より 顔料としてこねているシーン

このウルトラマリンは時に「フェルメールブルー」といわれる。《ヨハネス・フェルメール》カラバッジョ、レンブラント 、ルーベンスとともに、17世紀バロック絵画を代表するオランダの画家だ。しかし当時の資料や作品の少なさゆえ(22年の画家生活で、37作品しか現存していないい)、謎の画家とも称される。彼はこの青の顔料に魅せられ、惜しげも無く使う。パトロンや裕福な妻の実家の援助が可能にしたのだが、ふつうの青い絵の具の100倍以上もするこの顔料によって莫大な借金を遺したのも事実のようである。今回の展覧会では「牛乳を注ぐ女」で青を魅せる。「青いターバンの少女」「青衣の女」も青で有名な作品だ。(2018 フェルメール展)

青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女) オランダの モナ・リザと称されるフェルメールの傑作

青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女) オランダの モナ・リザと称されるフェルメールの傑作

 

 

 

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