教育コラム 雑感  共学 v.s 別学

doc04017220240523160438_001 共学化の勢いがもの凄いことになっている。共学化というか、校名変更とセットで学校の中身をそっくり入れ替える。ここ数年の動向を挙げてみよう。

2022 年 星美学園(女子中高)→サレジアン国際学園(共学)

2023年 日本音楽(女子高)→品川学藝(共学)

2023年 東京女子学園(女子中高)→芝国際(共学)

2023年 目黒星美学園(女子中)→サレジアン国際学園世田谷(共学)

2023年 自由ケ丘学園(男子高)→共学

2024年 自由学園(別学)→共学

2024年 蒲田女子(女子中)→羽田国際

2025年 東京女子学院(女子中高)→英明フロンティア(共学)

2026年 日本学園(男子中高)→明治大付属世田谷(共学)

 掲出の写真のキャッチコピーは、来年度、「東京女子学院」から新生「英明フロンティア」に変身する広告である。あまりにも陳腐になってしまった「共学」を「強学」としたコピーライター苦心の造語であろう。

 この共学化の流れはもちろん、募集の受け皿を広げ、少子化の時代に生き残るための最後の切り札だ。しかし切り札になるかどうかは開けてみなければわからない。とにかく脈々と繋いできた伝統や建学の精神を捨て、生まれ変わらざるを得ない。このままだと生徒が集まらず、学校経営が破綻してしまう。その昔、共学の進学校として成功したのが渋谷教育学園渋谷で、ニーズに合致して見事に変身に成功したのがかの広尾学園である。どちらもそれ以前は生徒集めに苦労するような決して偏差値が高いとはいえない女子校だったのだ。学校や教育関係者であれば、あの華麗なる変貌は頭のどこかに鮮明に焼きついているはずである。

 ジェンダーレスが声高に叫ばれる時代、男性と女性を分けること自体が何か不自然であるように情報操作が可能となる。つまり社会生活の入り口である学校において、共学がごく自然なことであると。しかしそんな単純ではないと思う。欧米でも別学は根強く存在し、確実に支持層がいる。

 日本経済新聞2021年11月5日広告欄ではあるが豊島岡女子学園の竹鼻校長が女子校について語っている。

「私は、中高時代の学校は男女別学に限ると思っています。男女の差異には、社会学的な側面と生物学的な側面がありますが、大学に進学したり、社会に出たりすれば、社会学的には男女の違いをほぼ無視できるようになります。問われるのは能力だけになるからです。

一方、男女の生物学的な違いが人間的な成長に大きな影響を与えるのが、中高時代です。中学校に入学する段階で、男女の精神的、身体的な成長のスピードは明らかに異なります。そうした微妙な時期に、男女それぞれが各自の能力を最大限に伸ばすにはどうすればよいでしょうか。異性の目を気にすることなく、伸び伸びと勉強やクラブ活動に打ち込むことのできる別学こそがベストなのです。女子の場合、体形や容姿などについて男子の目を気にするあまり、例えば体育の授業で思いきり力を発揮できなかったり、外見ばかりを磨こうとしたりする生徒は珍しくありません。だから、心が育ち、価値観や人格が形成されていく中高時代に、女子だけという特別に守られた空間で成長することに意味があるのです。

 女子校は同世代の男子が校内にいないので、多様性という点には欠けます。しかし校外のイベントに参加する生徒の様子を見ると、男子にまったく気後れしていません。大学時代に男子とともに学び、実社会に出る準備をすれば、それで十分だと思います。

 中高時代には女子だけの安心な空間で思う存分、自分の能力を高めてほしいですし、自分に自信を持ってほしい。自分の良さや能力を発揮できる進路選択も、自信を持ってしてほしい。それを応援するするのが女子校の良さであり、女子校の存在理由です。」

従来、「別学」というのは、一つの学校に男子部と女子部の両方あり、運営は別で、何か行事等で交流をもつという学校(たとえば國學院久我山など)を指します。ここでは共学校に対して男子校や女子校を適宜「別学」としています。

2024.05.23更新|MJ通信